新兵衛の覚え書き

見た聞いた読んだ浮かんだ思い出した……を書き留めています。

クリミア半島奪還目指す

クリミア半島は、旧ソ連時代にロシアからウクライナに正式に割譲されていますから、歴史はどうあれウクライナの領土です。

2014年3月16日に住民投票して、翌日独立宣言し、宣言した更に翌日ロシアと合邦(ロシアへの併合です、これ)。
ハア?となりますよね、当然。ロシアの軍事介入下で行った事ですから、国際秩序から言っても「何やってんだ、バカ者!」となりますわなあ。

クリミア半島は、ロシア人が6割ぐらいを占めます。ウクライナ人が20数%で、クリミア・タタール人が1割ぐらいです。
言語は、ロシア語話者が7割以上を占めるとか。
だからって、パッパとこんな事やって良いワケないじゃないですか。
国家の領土を、1地域の住民の意向でパッパと違う国につけかえられるなら、国際秩序も何もあったもんじゃなくなります。

ウクライナの高官が、「クリミア半島奪還を目指す」と発言するのも当たり前と言っちゃ当たり前なんです。
西側からの大量の武器供与と、戦線を押し返し出してる事からの強気の発言でしょうが、クリミア半島は正式にはウクライナ領土です。
クリミア半島での住民投票が、ロシア軍の圧力の下に行われたかそうではなかったかは別にして、ウクライナ政府が「そんなもの認めません」と言ったら、独立は認められるワケないんです。
何勝手な事やってんの、あんた達、なんです。

クリミア半島は、18世紀にロシア帝国の領土になるまでは、オスマン帝国の属国だったとはいえ、クリミア・タタール人の国でした。
キエフ(キーウ)大公国が支配した時代もありましたが、支配はビザンチン帝国に移り、その後キプチャク人に支配され、13世紀にモンゴル帝国に支配されます。キプチャク汗国とも呼ばれますが、前出のキプチャク人とは関係なく、この辺りからカザフスタン辺りまでをキプチャクと呼んだので、キプチャク汗国とも呼ぶ、という事です。現在は、ジョチ・ウルスと呼ぶ方が多くなって来たようです。
モンゴルの支配も、内紛で弱まって行きます。そして、ジョチ・ウルスの後継国家みたいな形で、クリミア・ハン国が15世紀に出来ます。オスマン帝国支配下ではありましたが。
そして、18世紀後半までクリミア・ハン国は存続しますが、ロシア帝国に呑み込まれて滅亡しました。
ウクライナ」は登場しません。

キーウ大公国時代は、「ロシア人」とか「ウクライナ人」という意識は存在していなかったそうなので、「ウクライナ」としての領土になったのは、1954年にロシアからウクライナに移されてからです。
ウクライナは、ソ連邦構成国として主権は無い様なものでしたが、一応ウクライナとして国際連合にも加盟していたワケですから、ロシアとウクライナという国どうしで決めた事ですから、クリミア半島ウクライナの正式な領土です。
ウクライナ政府が認めないのに、「何を勝手な事やってるんだ、ダメだよ、独立なんて」というのはそういう事です。
当時のウクライナに、ガッチリした軍隊が存在していたら、ロシアはクリミア半島併合なんて出来なかったでしょうね。
独立武装組織が、ドンバス地方を制圧する事も出来なかったのではないかと。
「おのれ、ロシアめ!」とばかりに、8年あまり掛けて粘れる軍隊を作り上げたウクライナを、ロシアは舐めてたんでしょうね。
ロシア軍のだらしなさもありますが、西側からの兵器援助でこうも戦えるとは、軍隊を鍛える為の強力な支援があったのでしょう。

暴れ者的な集まりから始まったアゾフ大隊ではありますが、アゾフ大隊の様な集団はアゾフ大隊だけではなく、他にも幾つかあったそうです。
アゾフの名ばかりが有名になっていますが、「ウクライナで何してくれてんじゃ、オラァ!」という人達はウクライナ全土に居た様で、アゾフばかりじゃなく、この人達も先頭に立って戦っている様です。
こういう人達と、力を付けた国軍がロシア軍を押し返しているのですね。

クリミア半島奪還かあ……、この争い、長引きそうだなあ😓