新兵衛の覚え書き

見た聞いた読んだ浮かんだ思い出した……を書き留めています。

憲法は国家権力を縛るものだけれど…

国家権力が暴走しないように憲法が存在する、とはよく聞きますが、国家権力者とは政府の事ですよね。
政府=国だと思っていれば、暴走するので縛りつけなきゃならないのを国そのものだと思ってしまいます。
そうなると、縛りつけなきゃ暴走する国は、『悪』と観てしまっても仕方ないかもしれません。今の日本人には、何となくであっても「国は悪」と思っちゃう人が多い様です。日本を守る為に戦うという人の割合は、調査国で最低だそうです。なんて事してくれたんだ、教育界やマスコミは!

国=政府なんでしょうか。国って、共同体の最大の存在かと思います。
日本の場合、共同体を支配運営する権力者が地域毎に乱立していた時代はありましたが、精神的なもの……価値観は共通していましたから、宗教が違おうが各共同体が合わさって、日本国という最大の共同体になりました。 
歴史や伝統が違っていたら、まとまっていなかったでしょう。
欧米に各個撃破され、植民地になっていた可能性は高いです。
しかし、日本はまとまって踏ん張る事ができました。
勿論、日本をまとめて管理運営を行ったのは政府です。しかし、あくまでも政府は日本という国の下で存在しているワケです。
政府の上に存在する国って、どういう存在なんでしょう。
先祖から代々受け継いで来たものを持った人々が集まって暮らす共同体を国と言って良いかと。
アメリカ合衆国とかChinaは違うと思いますが、ドイツなどは似てるでしょうね。ドイツと違うのは、君主が政治権力をもたず権威で存在しながら時を経て近代国家となった事。
日本国は、天皇と国民が一体の国です。天皇と国民が一体な姿を国柄ともいいます。
憲法にも書かれていますが、これは日本の歴史と伝統が書かれているのです。続いている共同体の姿を成分化したものであります。日本ってこういう国ですと説明しているわけです。
それを政府が勝手に「共和制にするから天皇並びに皇室は廃止!」とはできませんから、縛られる国家権力とは政府の事であります。
政府に勝手に国柄を変えられてたまるか!

憲法は国自体を縛るものではないのです。積み上げられ浸透して来た共同体内の生き方を成分化したものです。政府に勝手をさせない為にも存在するものでもありますが、しかし国民をある意味縛る為にも存在していますよね、納税とか教育とか勤労とか。
共同体内で根付いている生き方を成分化したものが憲法、と思って良いかと。
革命によって権力を握った者達の頭の中のものを憲法にしているのとは、日本の憲法は違います。

「縛る」と聞けば、縛る対象を悪だと思ってしまいますが、政府自体は最初から悪なんでしょうか。縛られる国民は悪なんでしょうか。
国民が悪なら、共同体という存在も悪なんでしょうか。人間は悪って事なんでしょうか。そうなら、共和制だろうがなんだろうが全部悪になります。
どこの宗教だ、……と言いたくなります。
そんなんじゃ、結局人間に上下つけて、支配欲を追いかける極少数の者達に、大多数の人々が苦しめられる世界にしかならないじゃないか。

憲法は国家権力を縛るもの、ウオーッ!」って雄叫びを上げて酔ってるア・ナ・タ、国家自体を政府だと思ってないかい?
政府は、国家の運営を託されているから国家権力とは呼ぶけれど、政府=国家じゃないからね。
国家自体は悪とは言えないだろうに。
日本の歴史や文化や伝統を蔑むな!